January 10, 2012

東広島交響楽団第14回演奏会

東広島交響楽団第14回演奏会に行ってきました(2012年1月8日(日)広島大学サタケメモリアルホール)。このオーケストラを聞くのはこれで3回目。前回(昨年8月)はショスタコビッチの第7交響曲でした(このときの記事はこちら、また2009年8月のマーラーの第9交響曲についてはこちら)。

今回のプログラムは、

G.ホルスト「惑星」から、火星、木星
J.シベリウス 交響曲第6番D moll

休憩後に
C.ニールセン 交響曲第4番「不滅」

アンコール
G.ホルスト「惑星」から、天王星。

相変わらず意欲的なプログラム。今までの演奏曲目の記録はこちら。これを見ても「大物食らい」であることがわかると思います。

しかし、今回のヴァイオリンは第1、第2とも3プルト(6人)。ビオラも同じ。チェロ7,コントラバス4。これで「火星」をやるとどうなるか。金管や打楽器に完全にマスクされて弦が聞こえません。

シベリウスは静かな美しい弦で始まりますが、いきなり全く合っていませんでした。止めてもう一度やり直したくなるほど。はっきり言って悲しかったです。全体的にもヴァイオリンに荷が重かったという印象です。ここでティンパニを担当した女性はすばらしい。

個人的にはニールセンが面白かったです。舞台の左右にシンメトリックに配置された2組のティンパニの掛け合いは楽しめましたが、ホールの関係か私の席のせいなのでしょう、意外と左右に分離しないで聞こえました。

まず間違いなく東広島初演であるシベリウスとニールセンが聴けたことは良かったです。個人的にもシベリウスの6番を実演で聞いたのは初めてでした。全体的に管と打楽器は上手。問題はヴァイオリンでしょう。

今後も意欲的なプルグラムを期待したいのですが、やはりその時のメンバーの数を考えたプログラムが必要ではないでしょうか。

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January 02, 2012

今年もよろしくお願い致します

今年は平安な一年でありますことをお祈りいたします。本年もよろしくお願い致します。

元日は家で静かに過し、二日は初詣でに出かけました。今年は御調八幡宮(三原市)福成寺(東広島市)にお参りしました。どちらも由緒ある神社・お寺です。

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境内では桜茶がふるまわれていました。

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次に帰路、東広島市の福成寺にも寄りました。

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天然記念物のトチノキの枝が夕暮れの空に大きく広がっていました。

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December 27, 2011

「カカオとチョコレートのサイエンス・ロマン」

「カカオとチョコレートのサイエンス・ロマン−神の食べ物の不思議」(佐藤清隆・古谷野哲夫 共著、幸書房、1800円+税、ISBN978-4-7821-0357-9)を読みました。

序章 お菓子の王様
第1章 チョコレートの故郷の風景
第2章 カカオ豆の発芽
第3章 カカオの花の受粉とポッドの生育
第4章 カカオ豆の発酵と乾燥:チョコレートは発酵食品
第5章 カカオ豆の焙炒と香りの誕生
第6章 メソアメリカの人々がカカオを飲む
第7章 ヨーロッパ人がカカオと遭遇
第8章 メソアメリカから世界へ
第9章 カカオがヨーロッパで華麗に変身
第10章 「飲むココア」と「食べるチョコレート」の誕生
第11章 現代のチョコレートの完成
第12章 チョコレートの未来
年表+参考文献

11月に開催される広島大学の学園祭の折に、生物生産学部でカカオ、チョコレートの解説と実演の催しが開かれていて、数年前から毎年楽しみにして出かけています。著者の佐藤氏は生物生産学部の名誉教授で、2009年までこの研究室の教授として、学園祭での解説もされていました。退職された後、今年も会場に見え、当日サイン本を購入して読んだというわけです。

本書はカカオの植物としての生態学的な紹介、カカオが人間に見出されて以来、チョコレートができるまでの歴史的な過程を追います。固形のチョコレートができるのは食品としての長いカカオの歴史の上でほんの最近の出来事であったことを知らされます。当初中南米で現地人が飲んでいたカカオの飲み物と、現在のチョコレート、ココアが全く違うものであることがわかります。私は毎年学園祭でのお話を聞いていたので少しは知っていますが、例えばチョコレート・ココアが発酵食品であることを御存知でしょうか?中南米でははじめは発酵させずに香辛料などとともに飲んでいたようで、それは楽しんで飲むようなものではありませんでした。

現在の姿になる上で重要な転機はいくつかありますが、オランダのファン・ハウトゥン(ヴァン・ホウテンとして知られる)親子の功績は大きいようで、「それ以前」と「以後」では全く違うようです。モーツァルトのコジ・ファン・トゥッテの一幕に、小間使いのデスピーナがチョコレート(ショコラーデ)飲料を持ってくる場面がありますが、これは「ファン・ハウトゥン以前」の話ですから、現在のココアやチョコレートではないのです。焙炒(焙煎ではない)した豆を熱しながら砕き、ペースト状になったものをカップに入れてお湯を入れて、砂糖などを加えて飲むもので、作り始めてから30分ほどかかるものでした。そのような作業をしてくれる小間使いがいる貴族などに限定された飲み物で、シモジモの口には入りません。さらに今では当たり前のように食べているミルクチョコレート発明の苦労などが書かれています。

ところで、元になるカカオ豆には代表的なものに2種類あります。ファラステロ種とクリオロ種といいますが、市販のチョコレートの大多数(少なくとも国産はほぼ全数)はファラステロ種を用いています。学園祭で両種を焙炒したものを食べ比べましたが、一度クリオロ種の味を知ってしまうと、ファラステロ種が物足りなく感じるほどです。このクリオロ種をいただくために毎年学園祭に通っているといっても過言ではありません。

ややマニアックな本ですが、チョコレートやココアについてコンパクトに知ることができる良書ですし、合わせて中南米の文化とスペインの関係、コロンブスについてなど歴史的な面でも充実しています。


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December 16, 2011

宮竹 貴久 著「恋するオスが進化する」

先月京都でお目にかかった際にOhrwurmさんから御紹介頂いた、宮竹 貴久 著「恋するオスが進化する」(メディアファクトリー新書037:ISBN978-4-8401-4276-2:740円+税 2011年10月31日発行)を読みました。

現在の生物学では、いきものが自分の種の維持、繁栄のために行動するという考えは否定されていて、オスはオスの、メスはメスのことしか考えていない(正確にはアタマで「考えて」行動しているわけではないが)、しかもオス(メス)にとって隣のオス(メス)は敵で、自分の遺伝子を残すことしか考えていない・・・ということになっています。

この本はまぁ、ありとあらゆる(と感じるほど多くの)、オス同士、メス同士のタタカイや作戦、オスとメスの駆け引きとそれらが引き起こす進化の様子が紹介されています。

自分よりも後にそのメスと交尾するであろうオスの精子を殺し、(究極の)浮気防止に交尾相手のメスの寿命を縮めるべく、精液に毒を入れておくキイロショウジョウバエの例など驚くべき「暴走」の数々はかつての「自分の種の維持、繁栄のため」等という甘っちょろい説がふっとんでしまうものばかりです。

私のようにもともと生物学者でもなんでもないのに、最近になって生物学的な話に頭を突っ込み始めた人間にとっては、その昔高校時代に習った古く現在否定されているような知識を改めるためにも、このような最新の知識を仕入れておくことは重要です。その意味でも本書は非常に役に立ちました。

第2章にコオロギには生まれつきあまり鳴かないオスがいて、寄生バエが鳴き声に反応して鳴くオスに近づいて産卵しているすきに、こっそりと鳴いて寄生されたオスに寄ってきたメスと交尾するという例が出ています。つい先日の日本セミの会談話会の折、最近セミの寄生バエを精力的に研究しているH氏にこの話をしたところ、セミの場合寄生はメスにも見られるとのことでした。

ちなみに、第3章に出てくるオオツノコクヌストモドキの死に真似の話は以前数理生物学の研究集会で聞いたことがあります。そこでは数理モデルを考えてこの死に真似の生態を解析していたと記憶しています。たしか、この本の著者と同じ大学の研究グループだったと思います。

第7章に出てくる性の出現をコントロールする共生細菌ボルバキアも最近耳にすることがあるのですが、どういう代物か分かったように思います。セミと共生細菌の話も日本セミの会談話会(の後の飲み会)でクマゼミを研究しているM氏から聞いたばかりでした。

第6章で無核精子が浮気防止のための「つめもの」としてメスに送り込まれる話が出ています。セミの精子にも大きさに2つの型があることが知られています(加藤正世博士が「蟬の生物学」に書き、最近は日本セミの会会報に毛利秀雄氏のグループが詳述)が、セミの場合はどちらも有核だそうです。どうも受精には大きい方の精子が使われるようですが、小さい方の有核精子が何のためにあるのか、興味があります。

本書には「メスが一度しか交尾しない」のは例外的(原文は「珍しい」)と書かれています。セミはその例外的な交尾様式と信じられていますし、オスも鳴いてメスが飛んでくるのを待つわけで、どうもオスもメスもこの本に書かれた凄まじいばかりの競争・闘争・駆け引き合戦からみると消極的(「草食系」)に見えてなりません。私達はセミの繁殖・生態について大きな見落としをしていないでしょうか?そんなことを考えさせられました。

それはともかく、この本は一般の方にもお薦めです。各章末に「ポイント」としてその章の重要な点が箇条書きになっているのは便利です。ただし、引用文献は付けて欲しかったと思います。時々読み返してみようと思っています。

*このように面白く役立つ本を紹介して下さったOhrwurmさんには感謝!

----------------以下2012.1.10追記--------------------
「第7回生物数学の理論とその応用」(京都大学数理解析研2010.11)の講究録をみたら、上記オオツノコクヌストモドキの死に真似の研究スタッフにこの本の著者が参加していらっしゃることを知りました。私がこの研究の発表を初めて聞いたのは、さらにその数年前だったと思います。その時の発表では、ある1頭のオスが死に真似をする時間間隔を一定に設定されていたと記憶していますが、私はさらに「ある自然な設定」に関し質問をしたのですが、あまりその「設定」は考えていらっしゃらないようでした。ちょうど私がセミの羽化と交尾の数理モデルを考えている時で、私はその自分の論文で交尾の時間間隔を「その」設定にしたのでした。

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スマートフォンの不細工カバー

人は新しいものを買うと、それが美しければ美しいほど、その美しさを保とうとし、その為にケースやカバーで覆うということがあります。しかし、そのために美しい製品の見栄えがわるくなることもしばしばあるわけで、製品の寿命・使用予定期間とのかねあいで考えた方がよいと思います。

先週末に東京に行った時に、電車の中でiPhoneや偽iPhoneのようなスマートフォンを取り出して使っている人の中に、携帯本体を画面を額縁状に囲い、画面以外の本体を完全に覆って使う赤や黄色や青の軟質ビニル〜シリコン製のケースに入れたまま使っている人がたくさんいたのですが、はっきり言ってブサイク。せっかくの携帯本体のデザインをその見にくい、悪趣味な原色のケースで見えないようにして使って何とも思わないのだろうかと、不思議に思いました。

私は家内に作ってもらったミンサー織りのケースに入れていますが、本体には何もつけません。現在のiPhoneは表も裏もガラスで覆われていますからそうそう簡単にキズはつきません。素敵なデザインの製品は素敵なデザインのまま使ってこその楽しみ、喜びだと思うのですが・・・。携帯の場合、せいぜい3〜4年の製品寿命でしょうから、わざわざ不細工にして使い内部を保護しても仕方がないと思うのです。

ネットで調べてみると、本体に装着せずに単に入れ物としてつかうポシェット状のケースは革製のものから各種かっこいいものが売られているようです。本来はそのようなケースに入れておいて、使うときにはそこから取り出して(素のままの)携帯を出して使うのがよいと思います。

気をつけるのは取り出すときに落とすことですが、これに気をつけなければいけないのは当然です。

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December 12, 2011

イルミネーション

職場の広場で26日までLEDによるイルミネーションを点灯しているというので、昨夜見てきました。夜8時頃でしたが、気温は4℃ぐらい。寒さでカメラを持つ手がかじかんで、早々に退散しました。まぁまぁという写真を2枚お見せします。上は2重露出による撮影です。

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December 09, 2011

C.ゲルハーヘル 没後100年記念マーラーを歌う

出張が決まると、しばしば家内はヤマハから毎月もらってくる月刊ぶらあぼを調べて、夜に行けそうなコンサートを調べてくれます。とは言っても予定が詰まっていて行けないことがほとんどなのですが、今回の東京出張では夜にバリトンのC.ゲルハーヘルの「没後100年記念マーラーを歌う」と題したリサイタルがあるということで、1週間前にネットで予約してチケットを確保し行ってきました。

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会場のトッパンホールは実家から歩いて10分。私の幼稚園〜中学までの通学路にもほど近く、夕方実家にちょっとだけ立寄った後にでかけました。ホール自体は新しく、私は初訪問でした。こぢんまりしたホールで、室内楽やリサイタルにピッタリの大きさでした。昨年行った紀尾井ホールよりかなり小さく、2階席もありません。

プログラムはもちろんすべてG.マーラーで、前半が、
『さすらう若人の歌』の4曲、次に『子どもの魔法の角笛』から、
 この歌をつくったのはだれ?/夏の歌い手交替/みどり深い森をたのしく歩んだ
 いたずらっ子をしつけるには/ラインの伝説/番兵の夜の歌

ここで20分の休憩。

後半が、『子どもの魔法の角笛』から、
塔の囚人の歌/浮世の暮らし/シュトラースブルクの砦/トランペットが美しく鳴りひびくところ
そして『子供の死の歌(亡き子をしのぶ歌)』の5曲、アンコールが『角笛』から有名な「原光」。

個人的には、『さすらう若人の歌』の第3曲「僕は燃える剣をもっている」、「番兵の夜の歌」と「原光」がすばらしく、涙を禁じえないできでした。『角笛』の‘戦場もの’にある男性と女性の対話の対比がみごとでした。ゲルハーヘルの声は非常にソフトで、最強音でも、そして音の高低にもよらずにその柔らかさ、暖かみを失うことがなく、耳に優しくて極めて音楽的で声量も十分。ただ、個人的な感じではピアノ伴奏のG.フーバーは最強音がちょっと耳に障る気がしました。

よりによって『角笛』の中でも(「原光」と並んで)一、二を争う美しい曲「トランペットが美しく鳴りひびくところ」の序奏部分で携帯電話の呼び出し音が鳴りだし、雰囲気を乱しました。序奏でしたのでいったん音楽を止めて、やり直す可能性もあったのではないかと思ったほどです。

フーバーは楽譜をコピーしたものを独自にセロテープでつないで屏風状に折り畳んだものを見ながら弾いていたのがおかしかったです。ゲルハーへルは譜面台を立てていましたが、前半は全く見ずに全曲暗譜。後半も数曲で時々ちらっと見る程度で、恐らく楽譜ではなく歌詞を見ていたのではないでしょうか。

今回予習すべく、自分のCDを調べてみたところ、ゲルハーへルのCDを2枚持っていることが判明。一枚が『大地の歌』(ケント・ナガノの指揮)、もう一枚が『角笛』(オーケストラ版、指揮はブレーズ)でした。これからも注目していきたいと思います。

2年続きのマーラー・イヤーの最後にもってこいのリサイタルで、大満足でした。帰りはほとんどの人とは逆の出口からホールを出て、‘けものみち’の様な路地を抜け、徳川慶喜終焉地横の金富坂を登って、地下鉄丸ノ内線の上を渡る橋を通り(これが私の通学路だった)、春日通りに出ました(ちなみにこの「春日」とは「春日の局」から来ている名前。近くの伝通院に墓がある)。母校前のバス停からバスで大塚のホテルに帰りました。

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November 30, 2011

「昆虫の発音によるコミュニケーション」

宮武 頼夫氏から、「昆虫の発音によるコミュニケーション」(北隆館: 296頁 定価3,255円(税込)
ISBN978-4-8326-0725-5)を頂戴しました。宮武氏を含む20人近い方々が分担して執筆されて、宮武氏が編集をされています。

目次はこちら

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良く知られている「鳴く虫」というと、セミ、直翅類(バッタ、コオロギ、キリギリス類)が良く知られていますが、それ以外にも多くの昆虫が「音」を利用していることがわかっています。今回私はアリやハエの音によるコミュニケーションを知りました。また鱗翅類(チョウ、ガ)の約85%が耳を持つことも初めて知りました。コウモリによる捕食を回避する作戦は興味深いものです。

セミについてはエゾゼミ類の鳴き声を利用した分布調査の方法(今井 博之・大谷 英児両氏による)の紹介、初宿成彦氏による各種のセミの多様な発音の紹介など。

このように、この本はセミ、キジラミ、ウンカなどの半翅類、甲虫類、鱗翅類など、昆虫の音の利用法、信号交信の仕組みの紹介、直翅類の発音の進化過程を概観しています。これらの現時点での結果を知る上で貴重な本だと思います。昆虫の音声利用に関しての研究を目指す上では一読することをお薦めします。私のようにセミに強く関心のある人間でも、その他の昆虫の発音に関して、比較という意味で知っておく必要があると思います。

一般の読者に対してということを考えると、若干執筆者間に温度差があるように感じました。例えばセミの部分は敷居が低く読みやすいのですが、それ以外の部分にはかなり専門的で読みにくい箇所もあるようです。しかし、難しいと感じた部分を飛ばして拾い読みをしたとしても十分に価値のある本だと思います。


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November 25, 2011

SONYの魅力

先月AppleのS.ジョブズが亡くなったときに、「もう一人のスティーブ」S.ウォズニアックがインタビューに答えて、「(Appleが)ソニーと同じ道を歩まないことを期待する」「かつてソニー製品はシンプルで美しく、崇拝の対象で誰もが欲しがるものだったが、『彼らはその定式を見失った』」と語ったと伝えられました。

かつて私が中学生だった頃(1960年代末)、当時トランジスタラジオ全盛の時代に、ソニーはIC(集積回路)を使った小型でスマートなラジオを発売したり、当時のお小遣いでは手が届かない、いくつものユニークで魅力的な製品で私の心をワクワクさせたものです。カタログは電器店の店先で貰うものと思っていた私に、クラスメートが直接会社宛てに請求すれば、総合カタログではない製品別の詳しいカタログが貰えることを教えてくれて、カッコイイ製品を見つけると価格に関係なく、せっせとハガキを書いて出したものでした。その後銀座にソニービルができた後は、時々出かけてはソニーのおねえさんにアンプやテレビなどのカタログを貰いました。

トリニトロン方式のブラウン管など、他社とは違う技術の製品を開発し、一見して外見からも違いが分かる製品群は中学生から高校生頃の私の憧れでした。ビデオデッキの規格ではそんな自信がかえって失敗を招いたようですが、これとても販売の失敗であって、技術そのものの失敗ではないわけです。当時放送局の機材に占めるソニー製品の割合は極めて高かったはずです。その後CDの規格制定にもかかわり、大袈裟に言えば、私にとってソニーは常に光り輝く誇りであったと思います。

さて、現在、ソニーはどのような製品を販売しているのでしょうか?ソニーの製品情報のページを見るとわかります。この中でソニーらしいと思わせる製品をいくつ見つけられるでしょうか?

残念ながら私が見つけられたのは、2,3の受注生産の高級オーディオアンプや、CD/SACDプレーヤー、そして私も現在愛用しているデジタル録音機PCM−D1(これは文句なく素晴らしい!昔のソニーを彷彿とさせる名機だ)くらい。他の製品はSONYの文字を消せばどこの製品かわからず、技術的に大きな違いを感じることはできないものばかりです。これらを見て、今の子供たちは憧れるでしょうか?お小遣いでは到底買えもしない製品のカタログを請求して眺めるでしょうか?

S.ウォズニアックが言っているのはこのことでしょう。今のAppleには「まだ」この魅力が確実にあります。ちなみに、この「ソニー」を「ホンダ」で置き換えてもそのまま通用する話だとも思います。残念です。

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November 14, 2011

こんどはウスタビガ

昨夜はウスタビガが飛来。今朝撮影しました。ヤママユガ科のガは堂々としていて気品があり、これから寒い季節に向う季節柄、暖かみを感じてよいですね。すてきなお召し物を着た貴婦人の趣です。先日のヒメヤママユと今日のウスタビガと続いて、これからヤママユガ科の写真のコレクションをしてみようかと思い立ったのですが、いつも宿舎の階段の蛍光灯の下というのでは生態写真として面白みに欠けますね。かと言って野山で見つけ出すのはかなり難しそうです。

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November 09, 2011

ヒメヤママユ

すっかり御無沙汰しております。ちょっと野暮用でバタバタしていて更新ができにくくなっています。

そんな間にも秋は深まり、最近よく見かけるのが写真のヒメヤママユ。今年は当たり年のようです。とても目を引く姿ですが、派手さを押えた上品な美しさをもった虫です。何日も同じ場所でじっとしているのですが、そっと手のひらにとって他の場所に移動させると、まるでアイドリングでもするかのように翅を小刻みに震わせ始め、しばらくするとサッと飛び去るのです。
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October 26, 2011

私にとっての「ジョブズ」

ジョブズが亡くなって3週間が過ぎましたが、伝記が発売されたこともあって連日その名前を新聞各社のウェブ記事に見ない日はありません。これは彼の影響力の大きさ、「意味」を反映していることと思います。しかし私にとって(そして個々の人にとって)重要なことは、自分にとって彼がどのような意味だったのか考え直すことであると思います。

私にとっての「ジョブズ」。それは現在の私の一日を見てもよく分かります。しかもそれはただアップル製品を使っているから、というだけではなく、どの製品も非アップル製品で代替が不可能であると信じさせる力があることなのです。アップル製品を購入したときに、あの箱から取り出す瞬間のドキドキ(梱包まで美しく考えられている)、製品はどれも美しくて向こう三軒両隣に「見て見て!」と見せびらかしたくなる衝動すら起きそうです。しかも外見だけではなく使い勝手もいわゆるMac流。直感的に分かりやすくて、洗練されています。

かつてコンピュータを避けていた時期があった私を一瞬にしてとらえたMac。気付けば私は現在ほぼ一日中アップル製品に囲まれている生活を送っています。朝起きたらiPadでメールやニュースをチェック。iPhoneを持って家を出て、仕事場にはMacBookProが待っています。一日中その前で仕事をしますが、授業や講演にはMacBook Airを使います。帰宅後は再びiPadでネット。音楽も、大音量で再生することができないことが多いので、大部分はCDをiPodに取り込んで外部スピーカーから聴いています。家内もiMacを使っていますし、実家の母(83歳)もお古のiMacでメールを楽しんでいます。

勿論その間にそこから生み出されたものもあるわけです。各種の書類、論文、原稿、例の図鑑の原稿作成もMacを使いましたし、音声の編集から原盤作成もすべてMacです。Windowsマシンはいくつかの学会発表で、講演スライドをWindows用PowerPointで作成せよというルールがあったために仕方なく使ったときだけです(ちなみに数学〜数理生物学の学会などでそのようなMacユーザーに冷たいルールを見たことは一度もありません)。

このように現在の私の仕事や楽しみに欠く事ができないものの多くが、ジョブズの発案で開発された製品であること、これが私にとっての「ジョブズの意味」なのです。そして私はジョブズの精神が生き続ける限りは、今後もアップル製品を使い続けるでしょう。

いみじくも先日アップル創設のもう一人の「スティーブ」であるスティーブ・ウォズニアックが、ソニーについて、かつては(現在のアップル製品のような)完成度があったのに、現在のソニー製品にはそれがない。アップルもそうならなければよいが、と語ったそうですが、その通りだと思います。

P.S. ジョブズ復帰以降の製品の中で数少ない失敗作とされるPower Mac G4 Cube。このデザインはすばらしいと思います。販売業績が芳しくなく後継の製品が出ませんでしたが、残念なことです。

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October 11, 2011

岩国

8日に岩国の錦帯橋に行ってきました。一度行こうと思っていたのですが、今回がはじめての訪問です。
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橋を渡ると、向こう側には城下町跡がありました。公園があって、庭園、資料館や神社なども。サクラの木など至るところにキマダラカメムシがいました。ちなみに最近、シーボルトの記録にこのカメムシのことが書いてあることがわかり、最近の外来種ではない可能性があるようです。

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October 08, 2011

今年は大豊作

通勤途中にあるクリの木。今年は例年にまして大豊作です。朝晩立寄っては拾っています。昨年の収穫はこちら。小さなクリは翌日のお弁当に。だからお弁当は毎日栗ご飯です。市販のクリ(栽培品種)とは違って甘味も薄く上品です。

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-----------------以下10/11追記-----------------
自分の為のメモ:

今年のマロンジャムの水と砂糖加減は、茹でたクリ(殻からとり出した中身)1819gに対して砂糖(てん菜糖)750g、水600g(cc)。やや水が足りず、粘度が高過ぎる。

例年の水と砂糖はこちら

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October 07, 2011

1955-2011

Apple創業者・会長のS.Jobs氏が亡くなりました。TVやラジオのニュースでは今日になっても頻繁に彼の死とその影響について報道しています。

他人(ヒト)がやらないことをしたということ、だれも作ろうとしなかったものを作ったということ、先見性があったということ。今、「カリスマ」という言葉が安売りされていますが、彼こそ真の「カリスマ」だったことは誰も否定しないのではないでしょうか。同年生まれだったこともあり、秘かに誇りに思っていました。若くして亡くなったことは残念なことです。Appleにとって損失だと人は言いますが、Appleのすること(=ジョブズ氏の先見)を真似て追いかけてきた各メーカーにとっても実は「考えてくれる人」を失ったわけで、損失は大きいのでしょう。

私が初めてMacにふれたのは、たしか1988年。アメリカから帰ってきた同僚の先生がMac plusを教室に導入。その後しばらくしてから私がMac SEを研究費で買ってもらったのが最初です。当時あまりコンピューターによいイメージを持っていなかった私が、すぐにその魅力にとりつかれて、初めて私費で買ったのが、Mac IICX。そしてPowerBook 170。まだWindowsは完成度が低く普及もしておらず、MS-DOSが主流の時代でした。これ以降今日に至るまで、ずっとMac。Windowsはまともに使ったことはありません。

考えてみると1980年代末期から1990年代にかけてというと、ジョブズ氏はAppleにいなかった時期です。現在のノートパソコンの原形ともいえるPowerBook(さらにMac Portableというのもあるけれども)をジョブズ不在時に出せたのだから、もしかするとAppleはこれからも大丈夫かもしれません。

私がWindows無しに過せてきたのはMacのおかげ、そしてジョブズ氏のおかげです。

感謝とともに御冥福を祈ります。

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September 30, 2011

松本市で出会った巨大カブトムシ

松本市で出会った巨大カブトムシ。

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サソリもいました。


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September 29, 2011

信州大学の半翅類

再び信州大学松本キャンパスを訪問しています。キャンパスで見た半翅類を紹介します。

8日前とはうって変わって、セミ類は激減。ミンミンゼミはほんの数個体が正午前後の短い時間に鳴いていました。姿を見つけるのも大変で、やっと見つけた♀がこちら。
Minmin

チッチゼミの鳴き声も少なくなっていましたが、ツツジに産卵に来ていた♀を見つけました。

Chicchizemi

ニワウルシ(シンジュ)の木の幹をアカスジキンカメムシの幼虫が歩いていました。


Akasujikinkame


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«水の香り