Nov. 26, 2004
こんなことを言うと石でも飛んできそうですが(いつものことか)、前から疑問に感じていたことがあります。それは「書」について。書道の「書」です。実は高校時代に「芸術」の選択に好きな音楽を選ばず、敢て書道を選んだのですが、それは音楽ほどではないにしろ結構好きだったからです。自慢ではないのですが、少なくとも中学までは「ソコソコうまかった」のです。一度も書道塾などに通ったことはないのに、ずっと習っているヤツを尻目にして習字の時間に褒められるなんていうことがしばしばでした。そんな「快感」の記憶があることも書道を選んだきっかけでした。まぁ、笛の練習より書の作品作りの方が楽という読みがあったのは否定しませんが。その後も書を見るのは好きで、毎年正月には東京上野の松坂屋で開催されていた朝日新聞社主催の「現代書道20人展」はかかさず見続けていました。と、ここまでが前振り。
さて、過去に王羲之や顔真卿、あるいは日本では空海などの巨人たちがいることはよくわかるのですが、今日産み続けられている作品にどれほどの高い芸術性、際立った個性や人を感動させる力があるのでしょうか(ほら、石が飛んできた!)。確かに字の配置、形のおもしろさ、それを実現する技巧のすばらしさはわかりますし、だからこそ毎年「20人展」を見に行っていたのですが、それでもなお、「20人展」に限らず、毎日多量に生み出されている作品の中で「残る」ものがどれだけあるのでしょうか?現代の書の作家で御存知の名前は?お好きな人は?
音楽にたとえると、‘バッハ’や‘ベートーヴェン’、‘モーツァルト’がいたことはわかるが、その後にだれがいるのか?ということです。音楽の世界には確実に「いた」。でも書の世界では?私はこれが「書」の世界の、あるいは表現力の限界ということなのではないかと思わずにいられないのです。決定的に個性的な作品が生まれる可能性があまり残されていないのではないか・・・。
今でも書は好きで、たまには筆をとって何か書いてみたいと思うこともあるのですが、書の世界の限界が見えてしまった(私の錯覚かもしれませんし、その方が書の世界にとって幸せなことなのでしょう)と思っているので、モチベーションが弱くなっていることは事実です。
関連する話題は後日また。

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