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December 2004

December 30, 2004

Dec. 30, 2004

lemmonパイの話。私の子供の頃にはパイというとアップルパイかレモンパイと決まっていて、レモンパイもかなりポピュラーだったものですが、大人になってから洋菓子店であまり見なくなりました。パイ生地の上にレモン果汁いっぱいのプディングが乗って、さらに上にシュワシュワのメレンゲ(焦げ目がついている)が乗っているのが私のイメージするレモンパイです。私はこれが大好物なのです。広島か東京で美味しいレモンパイのお店をご存知の方は是非教えて下さい。先日家でとれたレモンで家内が(レモンパイに入っている)レモンプディングを作ってくれたのですが、やはり美味しいですね。アップルパイも好きですが(子供の時には焼きリンゴが苦手であまり好きではなかった)、爽やかなレモンパイの方が美味しいと思っています。しかし残念ながら最近はすっかりマイナーになっているようです。

ということで今年も残り1日とちょっと。私の年賀状書きも何とか終盤に入りました。今晩も「ジークフリート」を聞きながら最後の仕上げをします。そして明日は大好きな「神々の黄昏」を聞きながら新年を迎えるつもりです。

皆様良いお年をお迎え下さい。

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December 27, 2004

Dec. 27, 2004

自慢じゃありませんが、年賀状にはまだ全く手を付けていません。買った時のまま郵便局でもらった封筒に綺麗に入っています。明日も仕事ですのでこのまま。29日になったら文面とデザインを考え(とは言え例年時間がないのでデザインも毎年一緒)、プリントし手作業で宛名書き。というわけで端から元旦に着くようになどとは考えていませんので、悪しからず。さて年内に書き終わるか・・・かなり微妙です。それにしても毎年仕事納め以降は年賀状書きでつぶれます。時間との勝負ですので、もちろんお一人おひとりに気の利いた文章を書くなんて事はできるわけがありません。先に言っておきましょう。私の年賀状には、「今年もよろしく」か「ご無沙汰しております」以外のことは書いてありません。せっかくの休みなので他のこともしたいのですがねぇ・・・。今年までは2日に配達がなかったので、3日到着を目標にできたのですが、来年からは2日も配達するとか。余計なことをするものです。年明けに書いていることがバレルじゃないですか。

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December 22, 2004

Dec. 22, 2004

苦手なもの。手帳と福袋。昔から毎日こまめに日記をつけることはできないたちで、いつも手帳を持ち歩き、スケジュールが決まるたびに書き込み、調べるために取り出してページを繰るなんていうのは絶対にできない芸当です。なぜ世の中の人が暮れになると文房具店で手帳を選び買うのか。皆さん私のできない芸当を年中続けているのでしょうか。すごいことです。かく言う私も何度かトライはしてみたことはありますが、一月中旬にはギブアップし、以下大晦日まで真っ白のまま放置されました。素敵な手帳を頂いたときなど使ってみたいな、とは思うのですが、使いこなせない・・・。素敵な手帳の「それ以外」の使い方はないものでしょうか。

ではスケジュールの管理はどうしているのか。仕事場の机の横に一年間を見通せる大きなカレンダーを貼って、そこに直接書き込みます。これですと手帳を「持ち歩く」「取り出す」「ページをめくる」という私にとって3つの大きな難関をすべてクリアできるのです。持ち歩けないのではないか?と聞かれそうですが、その通りです。大ざっぱなスケジュールは覚えますが、詳しくは仕事場に行かないと分かりません。でもこれで困ったことはほとんどありません。基本的に暇なんでしょうか(その割に時間に追われているけれど)。

次に福袋。正月の初売というとニュースになる福袋を買う行列。何が入っているのか分からず、欲しくも無いものが入っている福袋。これが欲しいという感覚がサッパリ理解できません。まして何日も行列を作って待つなど正気の沙汰とは思えません。タダでくれると言っても「いらない」。欲しいものだけをお金を出して買う、これが結局一番安上りで得なんだと思います。何が入っているか分からないのでドキドキする??そんなことにお金出しますか?

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December 08, 2004

Dec. 12, 2004

写真について。先月書について書きましたが、似たようなことが写真にも言えるのではないかと思います。写真は表現手段としてすばらしいと思いますが、敷居が低いだけに個性を発揮するのはなかなか難しいと思います。たとえば、もみじの写真をとることを考えると、真っ赤に色づいた葉や枝を画面にどのように配置するか、背後や前面をどのようにボケさせるかなど、基本は確かにありますし、それによってより良い写真が撮れるようになることは確かです。しかし・・・ちょうど10月、11月の写真関係の雑誌に例として載っているような典型的な写真を撮っても多くの場合、(「お手本と同じような写真が撮れた」という)個人的満足以上の意味はないと思うのです。

本当に人を感動させるような写真は、少なくとも人ができるだけ撮らないような被写体を撮るか、さもなくば人とは違う画面構成(切り取り方)、着眼をするか、ということが必要になるのではないでしょうか(あくまで必要条件)。ですから、写真を撮る前から誰が見ても美しい、サクラや紅葉を撮ってすばらしい写真に仕立て上げるのは並大抵ではないでしょう。だれも目をつけない着眼点をもって撮る必要があるからです。富士山の写真だって、「ああきれいな写真だな」と思う写真は多いですが、人を感動させ、記憶に長く残る写真を撮るのは大変なことです。

かく言う私も木にとまっているセミや羽化するセミを撮る時の基本は大体つかんできたつもりですが、どうもどんなセミを撮っても「同じように見える」写真になるように思います。きれいだけれども一月前に撮ったエゾハルゼミがヒグラシに置き変わっただけ??というわけです。いかに生態を伝え、しかも美しく、さらに個性的に撮るか。難しい課題です。

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December 01, 2004

Dec. 2, 2004

清潔感、不潔感のはなし。先日東京の地下鉄で、私の前の席に30代半ばくらいの父親に連れられた姉妹2人が座っていました。3歳くらいの妹がミントの飴を床に一つ落としたのですが、父親はそれを拾い軽く手で払っただけでその子の口にポンと入れたのです。私には地下鉄の車内で落としたものを口にするなんて絶対できませんので(私は自宅の床なら許せる)、かなり驚きました。

かつて小学生中学生の頃に、林間学校などに行くと大広間で夕食の支度が進み、時間になるとわれわれ生徒たちは列を作って大広間の前に行列をつくり、準備が終わるのを待ったものです。しかしふと見ると大広間にはハエがブンブン飛び回り、わが物顔にデザートのスイカにとまっています。私は家ではハエは汚いもの、赤痢を媒介すると教えられていましたので、かなりショックだったのを覚えています。幸い(?)席は指定ではなかったので、ハエがとまっているのを目撃した席には座らず、「見なかった」席に座って、この席のスイカには「とまらなかった」と思うことにしました。そうやって少しは逞しくなったのでしょう。

アフリカの映像などで、子供たちの口元にハエがたくさんとまっているのに、払いもしないという光景をご覧になった方も多いと思います。以前は「払う元気もない」のだろうかと考えていたのですが、4、5年前にある島に行った時に、シャツの背中の格子模様の升目一つに1匹とまるほどのハエの多い場所でセミの調査をしたことがあります。最初こそハエを追い払っていたのですが、じきにそれが全く無駄であることに気付きましたし、どうということはない、と思えるようになりました。

「それ」を乗り越えなければ得られないもの、それはあるときはたかがスイカの一切れかもしれないし、セミの調査かもしれませんが、場合によってはもっと重要なものかもしれません。そういうものを手に入れるためには少々のことは平気になるくらいの逞しさは必要なのではないか、いつもいつも清潔な無菌状態にいると決して得られないもの、それどころか失うものすらあるかもしれないと思うようになったのです。だから落としたものを平気で口にしてよい、と言っているのではありませんし、私も病気にはなりたくありません。人それぞれ「線」をひいて判断するわけですが、時には少々冒険をした方がよいかもしれないな、と。

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