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May 12, 2005

2005オーストリア紀行4

5月2日:
写真はクリックすると拡大できます
*ぜひ下の方にある「オーストリア紀行1」からお読み下さい

今日も快晴。熱は下がった。家内は37度台になったが、私ほど重くならないですみそうだ。朝食を済ませて家内と母は近くのスーパーに飲み物などを買い出し。私は一足先に部屋に戻る。9時頃にホテルを出発し、オペラ前まで市電で。ケルントナー通りから、母の希望で日本の免税店へ。私は退屈なので隅にあった長椅子に座って待つ。再びケルントナー通りをシュテファン方向に向かう。母はデパートを見たいという。退屈なので家内に1時間もらって11時にデーメル(著名なケーキ屋。日本にも直営店あり)の前で落ち合うことにする。
MariaamG

私はシュテファンの横を通り、アンカー時計の前をすり抜け、マリア・アム・ゲシュターデ教会(訳せば「岸辺のマリア教会」とでも言うのか)へ行く。
ここも必ず一度訪れるお気に入りの場所だ。繊細な塔が印象的な美しい教会である(写真:左)。観光客とは無縁の場所で、堂の中では初老の男が一人祈っていた。すぐ近くの19世紀末様式(ユーゲントシュティール)の橋に出て(写真:右)Brucke、煙突掃除屋の看板を見て(写真:左)、やはり世紀末様式で知られる、エンゲル・アポテケ(薬屋)の壁画を撮影(写真:右下)。コールマルクトに出て約束のデーメルの前に行く。まだ時間があったので、ミヒャエル教会の中に入る。ヒヤッとして心地よい。entotsu


engel
落ち合ってホーフブルク(王宮)を背に写真を撮ってから地下鉄でマリアヒルファー通りに行く。単に天気が良いだけではなく、この時期としては異常に暑い。30度近いのではなかろうか。しばらくウィンドウショッピングした後、家内のお目当てだった皮コート屋に行くが、ちょうど昼休みで休憩中(11時半から休みだった)。仕方がないので昼食。母は木苺の載ったマンゴープリンを見つけて食す。結局これがお気に召して翌々日に再訪問することになる。

食後は地下鉄と市電を乗り継いでハイリゲンシュタットのベートーヴェン・ガング(散歩道)へ向かう。この季節、ここは小鳥の鳴き声に満ちあふれ非常に心地よい場所なのだ。しかしカンカン照りでジリジリと焼けるように暑い。確かに鳥(クロウタドリ)は名歌手ぶりを聞かせてくれたが、暑くて早々に退散。ホテルに戻ることにする。ホテルに戻ってもまだ3時半。一休みしてから私たち夫婦だけ出かけることにする。まず近所のカール教会前の公園を見てから(写真)、家内は是非中央墓地にシューベルトの墓参りをしたいということで、市電で中央墓地に向かう。
Karlskirche

かなり遠い。こんなに遠かったかと思う。5時ちょっと前に墓地に到着。私は折角だから、前回お参りしていない人の墓参をしようと、入り口でA.シェーンベルクの墓所の位置を聞く。いわゆるベートーヴェン、シューベルト、ブラームスなどの楽聖たちの眠る一角からそれほど離れていないことがわかる。ベートーヴェンたちの墓参を済ませ(写真:正面がベートーヴェンのお墓)Beethoven
、シェーンベルクの墓を探すが、どうしても見つからない。諦めかけた頃、一人の女性がお墓のガイドブックらしきものをもっているのを見つけ、「シェーンベルクのお墓はわかりますか?」と聞いてみる(片言のドイツ語が役立った)。すると早速調べてくれて、連れの女性がわざわざその場所まで連れていってくれる。

何とも斬新な墓石で、いかにもシェーンベルクらしい(写真:左下)。墓碑銘は白い墓石の低い場所に刻まれていて見えにくく、これではなかなか見つからないはずだ。市電で街に戻り、ホテルへ。まだ病み上がりで調子が出ないせいか、かなりくたびれた。食事のためにまた街中に出る元気が出ず、隣の4つ星ホテルのレストランを利用することした。グラーシュを頼んだが、母は口に合わなかったようだ。私も少々食べ残してしまった。
(続く)schoenberg

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