2005オーストリア紀行6
5月4日:
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今日は朝からどんよりと曇っている。朝食後市電でオペラ前に出て地下鉄に乗り換え、マリアヒルファー・シュトラーセ(通り)に行く。(写真:左 マリアフィルファー教会前のメイポール)
九年前私が皮のジャケットを買ったことがあるデパートに行って革ジャンを見る。なかなかよいものがシーズン終わりということで安くなっている。しかしバーゲンということでなのかカードは使えないという。現金の持ち合わせが少なかったので、銀行に行って引き返す。次に一昨日家内が行きそびれた店に出かける。広島ではなかなか皮のジャケット(毛皮ではない)を見つけられないのだ。さすがに寒い国だけあって、気に入ったものが見つかる。当然これらは免税の書類を書いてもらう。あとで出国時に物品税が戻ってくる仕組みだ。ついで本屋に行ってヴァッハウ渓谷の地図などをさがす。著名人の墓の場所を書いた本があった。一昨日中央墓地で私たちにシェーンベルクの墓所を教えてくれた女性はこれを見ていたのかも知れない。昼食は一昨日母が気に入った木苺ののったマンゴープリンのお店だ。昼食後は一端ホテルにもどり母だけおいて、私たちはハイリゲンシュタット駅経由でクロスター・ノイブルクの修道院に向かう。私は三回目だっただったが、前回2001年に行った時は修復中で中に入れなかったのだ。(写真:右 修道院の2つの塔)![]()
あれから4年で、もう修復は終わっただろうと思ったのだが・・・まだだった。今年の夏に再公開のようだ。仕方がないので外から眺め、ショップに立ち寄ってから市内に戻る。(写真:左 駅ホームからの遠景)
まだ今回の旅行で行っていないのは美術館。余り時間がとれないのだが、まずシュヴァルツェンベルガー・プラッツにあるアーノルド・シェーンベルク・センターで開催中の「画家(Der Maler)」と題する展覧会に行くことにした。ここでいう「画家」(定冠詞がついている!)とはシェーンベルク自身のことである。彼は勿論作曲家として著名なのだが、画家としての腕前も余技をはるかに超えたプロのものであることは知る人ぞ知ることなのだ。この展覧会はその主たる作品を集めて展示するもので、ヴィーンならではのものと言える。とても日本に来るとは思えない。
自画像が非常に多いことに驚く。有名なA.ベルクを描いた等身大の作品やマーラーの埋葬の絵など、本で見たことのある作品に出会えたのはよかった。また、トランプの絵柄などユーモア(風刺を含む)すら感じさせる作品もあった。さらにマーラーの次女アンナの手になるシェーンベルク晩年の彫像も展示されていた。正直言って、私はシェーンベルクの音楽作品には十分に親しめないものを感じているが(12音技法の作曲家ではベルクの方がずっと親しめる)、絵の方がはるかにわかりやすいと思った。
さて時間がないが、急いで今度は美術史美術館の裏手に最近オープンしたMQ(ムゼウムス・クアルティーア・ヴィーン)に行く。時間がないので(閉館時間まで50分くらいしかなかった)その中でもレオポルド・ムゼウムだけを駆け足でみることにした。一階はヴィーン工房の家具など、またクリムトをはじめとする分離派の画家たちの絵画。マーラー夫人アルマの継父であるカール・モルの作品の1930年代のグリンツィンクの風景画があったが、これはまさに私がかつて撮影したこの写真 の構図とほぼ同じだったのには驚いた。グリンツィンクの墓地近くからプファール(教区)教会方向を写したものだ。この教会はマーラーの葬儀を行った教会に他ならない。
上の階にはE.シーレの作品がかなりまとまって展示されていた。シーレはクリムトに師事しそこから独自の方向を見出した画家で、クリムトにはない第一次大戦前の(いや、それだけの暗さではないのだろう)暗い雰囲気をもった作家で、私には日本の佐伯祐三にもつながるものを感じさせる画家だ。多くの自画像が知られているが、ここにはオーストリアの町並みを描いたものもいくつか展示されていて、後のフンデルトヴァッサーにもつながる構図を感じさせて印象深かった。
19世紀末から20世紀初頭の画家ではクリムト、ココシュカと並んで有名なシーレだが、(好き嫌いは別としても)芸術的深みという点では圧倒しているかも知れない。若くして病死(スペイン風邪)したのが残念だ。シーレは生誕の地ヴィーン郊外トゥルンに美術館があり、一度行きたいと思っているのだが、なかなか実現できないでいる。前日ヴァッハウ渓谷からの帰りにもトゥルンの駅を通っただけに一層その感が強い。
短い時間だったが、内容の濃い半日だったと思う。ホテルに戻ってから三人で再度ケルントナー通りに出かけ、カフェテリア・スタイルの例のレストランに行って夕食。中心に軽く済ます。ヴィーンとは今日でお別れ。明日は移動日だ。
(続く)

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