田川 研 著「虫屋の虫めがね」 (2001年10月)、「虫屋のみる夢」(2006年1月)
ともに偕成社 ¥1400+税
を読みました(これらの本を教えて下さったOhrwurmさんに感謝)。非常に面白かったです。単に面白いというに留まらず、私にとって忘れかけていたことをいろいろ思い出させるきっかけを与えてくれました。
一応「その筋」にいない方々のために説明すると、ここでいう「虫屋」とは縁日で鳴く虫を売っているオジサンのことでも、ペットショップでクワガタを売っているオバサンのことでもありません。要するに昆虫が大好きな人のことです。そしてこの2冊は「ケンさん」(実は著者自身)が日々過す虫屋生活を第三者の目から見て小説風に書いた本で、誇張もあるのですが、それがかえってケンさんの心の中をクッキリと表現することにもなって、大変生き生きとしています。ケンさんの自然観も決して説教臭くならないで表されているのは独特のユーモアたっぷりな「ケンさん節」のせいでしょう。
ケンさんは「蝶屋」(広い意味での「蝶」。鱗翅類)で、かつて中学生の時に蝶屋に憧れていた私を思い出すことができました。私もお小遣いをためて買った保育社の「原色日本蝶類幼虫大図鑑」上下二巻を飽かず眺めては、スミナガシやイシガケチョウの幼虫の造形に目を奪われ、オオムラサキの幼虫に出会う日に憧れていたのでした。そうそう私はパピリオ(Papilio)属というアゲハチョウのグループにも興味をもっていたのでした。この本2冊を読んでいて何度「そうそう!」と思ったことでしょうか。現在「蝉屋」である私はどこか心深くに「蝶屋」の自分を封印し、仕舞い込んでいたようです。そしてこの本はその封印に使われている紐を何本か切ったようで、‘プチン’という音が確実に聞こえてきたのです。
とは言え、昨年植木屋でクチナシの苗木を2本買ってきてベランダに置き、初夏には花の香りを楽しみ、そして夏には期待した通り飛んできてくれたオオスカシバが産卵して、アンテナをピンと立てたかわいいイモムシ達が育ち、丸坊主にされて嬉しい悲鳴をあげた喜びはあの「蝶屋」そのものの楽しみであったのでしょうから、いまでもその血は私の中を確実に流れています。
それにしてもなぜ私は蝶屋の道を走らなかったのか。多分当時東京の都心に住んでいて、そこにいる蝶がアゲハやクロアゲハ、アオスジアゲハ、ゴマダラチョウ、キアゲハ、ヤマトシジミ、モンシロチョウというようにすぐに数え上げられる種数しかいなかったこと、近くに「トンボ大臣」のような仲間がいなかったこと、興味が音楽に移っていったこと等々いろいろあったでしょう。憧れていても、あまりに長い間出会うことができないと熱も冷める、ということでしょうか。それでも中学2年の冬に御殿場(静岡県)に行った折にオオムラサキの越冬幼虫を採集することができたにもかかわらず、冬越しの管理に失敗してほとんどが天国にいってしまい、残った幼虫もせっかく終齢幼虫まで育ったものの、ネット掛けしたエノキの枝で飼っていたところを糞に集まってきたアリに襲われて全滅させてしまった悔しさは今でも忘れられません。
この2冊の本を読んで、著者と同じ広島県にいるうちにオナガアゲハやモンキアゲハ、ミヤマカラスアゲハが乱舞する姿を見てみたいとか、一度はかつて憧れたスミナガシやイシガケチョウの幼虫の個性的な造形の写真を撮ってみたい等と思ってしまいました。同じ県内とは言ってもなかなか福山方面に行く機会はないのですが、それでも身近な地名や目的は異るものの、セミの羽化の観察のために真夜中までいた山も出てきて、いっそう親しみをもって読むことができました。
なお、「虫屋の虫めがね」に蛾のアマチュア研究家として女性の「Mさん」という方が登場しますが、この方についてはかつて私はこのブログでそのスズメガについてのすばらしい著書を紹介しています:こちらをご覧下さい。
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