先週のマーラーについて。
まず二十一日に広島交響楽団の第9交響曲のリハーサルを見学しました(指揮は秋山和慶)。リハーサルは3日あって、その中日ということでしたがまず第3楽章から細かく止めながら注意を与えて繰り返していました。約1時間で休憩。休憩後は第2楽章。クラリネットは指定のB管ではなくA管を使用したようです(楽譜指定の最低音がB管では出ないため)。他のオーケストラではどうしているのでしょうか。昼の休憩後は第1楽章。意外とすんなり通していましたが、あの「この上ない暴力を持って」と言う指示の箇所で止めて何回か繰り返したのには参りました。聴いている方の身が持ちません。休憩後終楽章へ。まずお終いの部分を先にやり、その後冒頭から途中まで練習しました。
二十二日は代休。岡山市内で御先祖様の墓参を済ませてから倉敷に行きイスラエル・フィルのマーラー(とシューベルト。指揮はメータ)。倉敷市民会館はやや古いながらもかなり広い空間をもったホールでした。席が平土間の下手側のかなり前の席だったため、舞台上のオーケストラの様子がよく見えず、勘定できなかったのですが、前半のシューベルトの第3交響曲は10型(コントラバス4)、後半のマーラーの第7交響曲は多分18型だったかと思います。どちらもいわゆるヴァイオリン対向配置。左から第一ヴァイオリン、その後ろにコントラバス。チェロ、ビオラ、第2ヴァイオリン。ハープは右(上手)奥。メータは歩行もかなりゆっくりで、年取ったなという印象を持ちました。シューベルトはとてもよかったと思います。他の交響曲もこの組み合わせで聴いてみたいと思ったほどです。
休憩後のマーラーは、序奏がゆっくり目の演奏で、このまま行くのかと思ったところ、主部に入って普通のテンポになりました。かつてのコッテリ感が薄れてよくまとまっていたと思います。これだけの演奏はなかなか聴けないでしょう。しかし、私の好みとはやや違います。(うまく言えないのですが)主旋律の下でさまざまなモチーフが演奏されているときに、それらをもうちょっと聞こえさせて欲しいところがあるのです。終楽章は普通のチューブラベル使用。舞台上のカウベルも1個だけ。第1楽章の中間のハープを伴うとても美しい、陶酔的な箇所。盛り上がった後に再び陰鬱な雰囲気に戻りますが、この切替えが見事でした。その後のトロンボーン、大太鼓(遠雷)も。この辺の「ツボ」を押えているのは流石だと思いました。ただこの後のコーダにかけてはややうるさく感じました。シンバルも強すぎるのですが、これは座席の位置のせいかも知れません。終楽章では気になりませんでした。
次の二十三日は広島で広響の定期本番。席の周りに二人うるさい人がいて、演奏中明らかに飽きてしまって、ジッパーの音をたててカバンを開けてみたり、チラシをバサバサめくってみたり。演奏は非常によかったと思います。技術的なキズはあるのですが、秋山氏の解釈はメータよりも私の好みに近いと思います。これは以前から感じていたことです。それにしても・・・何という曲なのでしょう。マーラー好きの私はマーラーの曲で嫌いな曲はありませんし、好きな曲だらけなのですが、7番と並べると好き嫌いとは別の次元で9番の深さは圧倒的だと感じます。個人的にはベートーヴェンの第9、ブルックナーの第8と並んでこの曲は別格だと思います。楽器の配置は通常。
第5交響曲以降、一年に平均一曲の交響曲を書いていたわけで(しかも夏休み期間に!)、その仕事量、創作力には驚かされます。長生きできるわけがありません。凡人には、夏休み期間に何も考えずに写譜するだけでも大変です。
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