鈍感力/Mar. 10, 2007
渡辺淳一氏の「鈍感力」という本が並んでいます。題名に引かれてパラパラッと立ち読みしたのですが、私がかねてより感じていたことも出ているようです。
かつて博士課程の大学院生だった頃。修士と違い、博士課程まで進むと就職先が限られてしまい不利だと言われていました。自分は会社には就職しない、研究職を目指すんだと言ってみたところで、それが実現可能なのかどうかは全く霧の中でした。みんなそんな将来への不安を一杯かかえていたのですが、同級生は仲間とはいえライバル。みんな不安を心の中に隠しながら生きていたものです。指導教授からはセミナー中にケチョンケチョンに言われて自信もなく、博士課程とはいっても修了し学位が取れるのかどうかさえ分からない状態でした。
こんな毎日の中、力になったのが「鈍感力」。将来のことに対して向いている目を無意識にふさぎ、耳を押え、五感を鈍らせて自分に「どうにかなる!」と言い聞かせて生きていきました。これが可能かどうかが結局決め手になったように思います。途中で我慢できずに退学して意に反して研究職以外の進路に進んだ友人は「敏感だった」と感じました。また、偶然かもしれませんが、私のまわりにいて研究職についた人に共通していたことは、一人っ子か末っ子が圧倒的に多かったこと。多分歳のくっついた弟がいると、弟が先に就職してボーナスを貰い、中には結婚までし、親が心配し出すのだと思います。将来の見通しなど、本当は本人が一番知りたい事なのに、それを親から繰返し問いただされたら、いくら強い「鈍感力」を持っていてもひとたまりもないのでしょう。
かつてある掲示板で、「交際中の院生の彼氏が博士課程に進学したいと言っている。本当に将来研究職に就職できるのか、会うたびに問い詰めている。どうしたらいいか。」という質問が出ていました。本当に彼氏を研究職に就けたいなら「放っておく」しかありません。「会うたびに聞く」なんてとんでもないこと。こんなこと聞かれても答えようがありません。私は幸か不幸かこんな彼女がいなかったから就職できたのかも知れません。
私は就職以外でも人生のさまざまな局面でこの「鈍感力」が重要な役割を果たすと思っています。受験/進路しかり、結婚しかり、老後の問題しかり。普段の生活しかり。これは将来を考えず、保険にも入らず、用意を怠るという意味ではありません。
今日、松田聖子、鈴木大地、藤井隆、山田花子、大空眞弓らとともに人生の節目を迎えた折に、私なりに人生を振り返り感じたことです。また健康な一年をおくれますように。

Comments
ありがとうございます。
鈍感力は身に自然についているもので、使い分けるような種類のものでもないと思っています。一人っ子に鈍感力が付く、ということでもないのですが・・・。兄弟が多いと鈍感力が備わっていても邪魔されることがあるのではないか、ということです。
Posted by: Zikade(家主) | March 11, 2007 at 10:48 AM
Zikadeさんも、Celloさんも、お誕生日だったのですね。
おめでとうございます。(ちょっと遅くなりましたが)
鈍感力。
上手に使うとヨロシイかと。
一人っ子は鈍感力を持っていると言うのは、息子を見てて納得できるお話です。(笑)
Posted by: そよ風ふく | March 11, 2007 at 12:58 AM
(あらためまして)Celloさんもお誕生日おめでとうございました。
「ケ・セラ・セラ」好きな歌です。あまり生真面目に生きようとすると、かえって自分の首を絞めることになるのでしょう。
Posted by: | March 10, 2007 at 11:06 PM
お誕生日、おめでとうございます。
今年も素敵な一年でございますように。
鈍感力、あるいは、いい加減さ、と言い換えても良いのかもしれませんが、
大切なことだと思っております。まあいいっか、なんとかなるさ、という気持ち。
思いこみすぎると、免疫力も低下するそうですから、バランスが重要である、
ということでもございましょうか。
ありがとうございます。
Posted by: Cello | March 10, 2007 at 10:05 PM