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April 23, 2007

三人の指揮者/Apr. 23, 2007

「カラヤンとフルトヴェングラー」(中川右介著、幻冬舎新書税抜¥840)を読みました。1930年頃〜1955年に三人の指揮者、つまり表題の二人と、チェリビダッケの三人の行動を詳細な記録を追って調べ、そこから浮かび上がる、政治(ナチス、および戦後処理)とベルリン・フィルに代表される音楽上の重要ポストを巡る権力闘争の話です。あの美しい音を操る人達と一見相容れないようなドロドロしたものがあるのですが、私には純粋な政治的権力闘争とは違って、相似形ではあってもスケールはやや小さい「権力闘争」に見えました。それは、彼らがいわば「音楽バカ」とでもいうような現状認識の読みの悪さがあって、事態の深刻さを理解できない傾向を持った人達であることだからかもしれません。

フルトヴェングラーが死去したときに、チェリビダッケは次期常任として有力だったということは知っていましたが、この時点でベルリン・フィルの指揮台に登った回数をみると、カラヤンを圧倒していた、それも2倍や3倍ではなく、10倍ですらなく、なんと40倍を超えていたとは知りませんでした。

チェリビダッケは日本では1980年前後まではほとんど知られていませんでしたし、日本で演奏したのはもはや晩年の彼だったので、1950年代に彼がベルリン・フィルを使ってどのような音楽をしていたのかは分かりませんが(聴衆の人気はあったようです)、彼がフルトヴェングラーの後任になっていたらどうなっていただろうかと思わずにはいられません。個人的にはチェリビダッケの実演に触れるチャンスはありませんでしたが(その後発売された録音もあまり聴いていない)、放送を通して聴いた音楽は非常に個性的(選曲も独特)で、テンポが遅い・・・という位の印象しかありません。よい意味でも悪い意味でもアクが強いことはよくわかりましたけれども。

カラヤン後、アバド、ラトルと続くわけですが、これらの人事は少なくとも表向きはさほどドロドロした闘争は無かったように思えます。しかし本当に無かったのかどうかは分かりません。別の形で水面下で争われたのかもしれません。

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Comments

ちょうどFMラジオをつけたら、チェリビダッケ/ミュンヘン・フィルのブルックナー「テ・デウム」をやっていたのですが、これは美しい!合唱の美しさは格別ですね。しかし、テンポが・・・気絶するほど遅い。これから機会を見つけて彼の録音を聞いてみようと思います。

Posted by: Zikade(家主) | April 25, 2007 at 03:45 PM

こんばんは。

>チェリビダッケの当時のベルリン・フィルとの意外と沢山録音は残っております。

そうでしたか。知りませんでした。ありがとうございます。

>チェリビダッケの晩年の録音とは全く違って、カラヤンのように颯爽とした

当時から「晩年のよう」だったらベルリン市民は熱狂しなかったでしょうね。晩年の演奏はやはりマニアックです。
「カラヤンのように」というのが笑えます・・・。

>学長選を考えればご想像できると思いますが

学長などは一部の人しかやりたがりませんから・・・。

Posted by: Zikade(家主) | April 23, 2007 at 11:34 PM

何時の時代も指揮者の選定がどろどろしていないわけはございませんが、
(学長選を考えればご想像できると思いますが)
チェリビダッケの当時のベルリン・フィルとの意外と沢山録音は残っております。
チェリビダッケの晩年の録音とは全く違って、カラヤンのように颯爽とした
音楽を聴かせてくれます。

Posted by: Cello | April 23, 2007 at 11:22 PM

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