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June 2007

June 27, 2007

神経質か鈍感か

東京渋谷の温泉施設が爆発して1週間以上経ちました。原因は温泉を汲み上げる時に一緒に出てくる天然ガスに引火したためと言われているようです。私が昨年から通い始めたスポーツクラブでは、お風呂が天然温泉であることを謳い、水質成分表も掲示されています。ふと、大丈夫なのだろうか?と疑問を持ったのですが、先週末に行った時には施設のどこにもこのことに関連する掲示がありませんでした。たとえウソでも(!?)「御安心下さい」と張り紙の1枚でもあれば単純な私は安心するのですが、事故から1週間近くたっても掲示がないというのはかえって「怪しい」と思ったわけです。

本当にヤバイと思っていて、掲示を出そうにも出せない状況なのかも知れませんが、もしもそうではないのなら、張り紙の1枚でも出そうと思わないでしょうか。私はこれこそがサービスなのではないかと思うのです。これに気づかないとはかなり世の中の事に鈍感すぎはしないか、と。

いつも一言多い(?)私はよせば良いものをフロントでこれを言ってしまい、嫌な顔をされてしまいました。スタッフは私に言われるまで自分の施設の安全性を聞かれるなんて想像もしなかったようで、「大丈夫ですか?」と聞かれて自信なげに「は、はい」と答えるのがやっとでした。

やはり私は神経質なのでしょうか。だれも同じ質問をしないのでしょうか。普段スタッフは接客に神経を使い、挨拶を徹底しているのですが(まさに体育会系)、今回のことでそれが非常に薄いものであることが見えてしまったような気がしました。やめるつもりはありませんが、次回からとても行きにくくなりました。自業自得なのでしょうが・・・。

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June 26, 2007

雷が怖い

雷は昔から怖いものの代表格ですが、私の苦手はこの雷かもしれません。勿論大地震や火事も怖いのでしょうが、そうしょっちゅう出会うものではないですから。雷が怖いとは言っても布団を頭からかぶったりするわけではなく、室内にいれば平気です。近くに落雷したときに、稲光と同時にヒューンというような音がしたり、そこまで近くなくてもパーンという激しい音がするのはむしろスッキリするほどです。私が極度に怖いと思うのは屋外にいるときに雷に遭遇すること。まわりに高い建物が無いような場所で稲光がピカピカしたりすると身がすくみます。

私は家と職場を徒歩で通っていますし、とにかく田舎ですからこの通い道にはビルなどの高層の建物が少ないのです。ですからこの間に雷の遭遇すると、直撃を食らうのではないかと怖くて仕方がありません。雨が降っていて傘をさそうにも、傘の先端は針のような金属の石突きが付いています。雷から見れば、この石突きがあろうがなかろうが誤差の範囲内だと頭では分かってはいますが、何となく「移動避雷針」を持って「ここにどうぞ」と言って歩いているような感覚があります。先日も帰りにこの道で雷に遭遇。怖くて家までかけたのですが、久しぶりのランニングで息が切れ心臓が止まるかと思いました。宮古島に行った時も雷に出会ったのですが、すぐに車に逃げ込みました。

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June 25, 2007

六月の山の装い

23日の土曜日は雲が多いものの晴れ間も出ていたので、道後山に出かけてきました。冬季にはスキー場になる山ですが、この季節は

こんな音(.wavファイル)
で満たされます。エゾハルゼミの鳴き声です。北海道出身の方には懐かしい音でしょう。夕方になってセミが鳴きやむと今度は鳥達の出番。

こんな鳴き声(.wavファイル)を聞くと清々しい高原の雰囲気満点です。

Ezoharu0700 Ezoharu0701 Ezoharu0702 Ezoharu0703

写真と録音の著作権は私にあります。無断転載、転用は固くお断りします

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June 24, 2007

宮古島紀行−6(補遺)

これまでの「宮古島紀行」に入らなかった写真からいくつか紹介します。

Oogomadara
まずオオゴマダラ。植物園の花に飛来していました。

Kirigirisu

これはキリギリス類のメスだと思うのですが、何でしょうか(熱帯植物園にて)。かなり大型でした。

Hotaru

これはカタツムリに食いつくホタルの幼虫。ホタルの種名は分かりません。

さらに、巨大なクモがミヤコニイニイを食べているのをよく見ました。

Kumo

最後に謎の死を迎えたクマゼミ。頭部だけ取れているのですが、死因は何でしょうか。普通クマゼミはとまらないような花壇の低い木にありました。横の抜け殻は彼のものでしょうか。羽化後色もついてきた時に何か事件が起きたのでしょうか。とまったままなので鳥ということはないでしょう。クモの可能性が高いような気がします。


Kumazemi6


写真の著作権は私にあります。無断転載、転用は固くお断りします

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June 22, 2007

宮古島紀行−5

今日は最終日。朝は曇り。雨は上がっているので、外ではクマゼミが鳴いています。朝食を食べているときに、ちょっと食欲がないような感覚を覚えました。疲れがたまったのか、夏バテなのか(とは言っても連日曇天で、ちっとも暑くはない。最高気温も30度未満でした)不安でしたが、まぁ大丈夫ということで、チェックアウト。懲りずにまた熱帯植物園に行きました。念のためさらにクマゼミの録音と撮影をしました(写真)。

Kumazemi2 Kumazemi3 Kumazemi4

30分ほどで切り上げて、旧上野村に移動しようと駐車場に戻ると、こんな可愛い子がいました(写真)。

Cat1 Cat2

ペルシャネコでしょうか、長毛でフサフサです。恐らく生後3ヶ月くらいの子猫。人を怖がらずすぐに近寄ってきて、ナデナデしたら体をすり寄せて甘えてきました。あまりかまっている暇もないので、車に乗って移動しました。曇天ですから、鳴き声は恐らく無理だろうと思っていたのですが、やはり全く鳴き声はしませんでした。その代わりこんなところにツマグロゼミがとまっていました(写真)

Tsumagurozemi1 Tsumagurozemi2

頭が下になっているのがおわかりでしょうか?ここまで凝るのならば(注:このセミは頭を下にしてとまる習性がある)、和名の由来になっている前翅の先の黒い斑紋を付けてほしいところです。

ところで、宮古島に来ると島中の畑の上で「チンチン!チンチン!」と鳴きながらリズミカルに巡回して飛ぶ小鳥がいることに気づきます。しかも沖縄県でも他の島では聞いた覚えがないのです。スズメをやや大きくした位、ちょうどヒバリ程度でしょうか。色も褐色に見えます。この鳥の声を聞くと宮古島だなと思うのですが、何という鳥なのでしょうか。ツマグロゼミ増殖施設の近所でも鳴いていましたので、録音してみました。

謎の小鳥の鳴き声(44.1kHz,16bitステレオ,.wavフォーマット)

この後、近くにあるドイツ文化村の横を通りました。8年前には立ち寄ったのですが・・・、当時はまだ新しくそれなりに人気もあったように思いましたが、今は中央にそびえる中世のお城(ノイシュヴァンシュタイン城?)も屋根はハゲて外壁は汚れ、いかにもさびれた様子がありあり。ひとけもまばらで(皆無と言った方がよいかも知れません)、夕張のことを思わずにいられませんでした。

さて、お決まりの古謝そばに行き、昼食。朝の様子で、今回は無理してあまり食べず、野菜そばくらいにしておこうかと思ったのですが、店に入って三日間同じ席に座ったとたん同じ定食を注文してしまい、体調も回復したようです。やはりおいしい!

食後最後にもう一回ということで植物園に。駐車場には例のネコはいなかったのですが、よく見ると40mほど離れた広場の鳳凰木の向こう側にいました。私が車を降りて植物園の入り口に来たときに、目が合ったように思います。そのとたん、ネコまっしぐら。道路を渡るので、飛び出して車に撥ねられはしないかヒヤヒヤしたのですが、ちゃんと左右を確認までして近づいてきて、甘えました。これは可愛い。もう連れて帰りたいほどです。

園内でこんな写真、あんな写真を撮って(下写真)2時過ぎに出発。レンタカーを返却して空港までマイクロバスで送って貰いました。マイクロバスで出発を待っている間、晴れ間がのぞいて日の光が差し込みましたら、同乗の年配御夫婦の旦那さんが、「今頃になって晴れるなんて」と愚痴っていました。ところが、なんと空港へ向かう途中で、一転して土砂降りになったのです。おじさん、これで満足かと思えば、「一体どうなっているんだ」と。

Miyakonini3 Kumazemi5

ミヤコニイニイ(左)と真っ昼間なのに羽化のため木に登ったクマゼミの幼虫

たしかに本当に飛行機が飛べるのかやや不安がよぎったことは確かです。しかし、出発時間までには雨も小降りになり、私の飛行機は定刻に那覇に向けて出発しました。席が右側の窓側だったので下を見ていると、毎日何度も通った植物園への道の上を飛び、入り口前の広場の鳳凰木の朱色の花がよく見えました。那覇は薄曇り。一時間ほどの乗り継ぎで広島へ出発。上昇中に窓の外に大きな二重の虹が弧を描いているのが見えました。これは美しい、と写真を撮りたかったのですが、残念ながら使用禁止ということで断念しました。(まだ続く)

写真の著作権は私にあります。無断転載、転用は固くお断りします

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June 21, 2007

宮古島紀行−4

三日目はどんよりとした梅雨空。ただし雨は上がっていました。そのため朝早くから外でクマゼミが鳴いています。朝食を済ませて8時過ぎにホテルを出て、熱帯植物園に。前日のクマゼミの録音で気に入らなかったことがあったので、再録音。脇に置いてあるシーサーをよく見ると・・・!


Shisa1 Shisa2

クマゼミはこのシーサーの後ろにある数本のセンダンの木に群棲しているわけです。その後クマゼミの写真を撮ったり、クマゼミとミヤコニイニイの抜け殻を集めました。

10時半頃に植物園を出て一路北に向かい池間島に続く橋を渡りました。西平安名岬周辺は9年前初めて来た時にはいくつもの風力発電の巨大プロペラが並んでいましたが、現在は1機のみ。数年前の巨大台風で壊された後そのままなのでしょうか。

池間島に渡ると雨が降り始め雷鳴が聞こえてきました。島の端にある池間島灯台(写真)まで行き、そのまま島を一周。灯台近くのブッシュでミヤコニイニイが鳴いていましたが、それ以外は鳴き声はなしでした。再び宮古島に戻り、そのまま古謝そばに直行。宮古島に戻ると雨は止み、路面も乾いています。しかし雨雲はどんどん追いかけてくるようで、空が暗くなっていきました。食後植物園に戻りましたが、その途中から雨が本格的に降り始め雷鳴も聞こえてきました。駐車場で雨の上がるのを待つことにしてまずは昼寝。その後カーステレオでFMに合わせると「アイーダ」の放送が始まりました。それでもなかなか雨が上がりません。ついに諦めて、3時前にホテルに引き上げました。
Toudai

ホテルでゴロゴロしていると夕方4時半頃になって雨があがりましたので、再び植物園に。しかし夕方ということと雨上がりということで満足な被写体も見つからず、周囲を散策しただけで引き上げることにし、途中見つけた地元の食堂で夕食をとってから帰りました。まだ十分に明るく、ホテル前にある御嶽(うたき)の写真を撮ってみました。漲水御嶽(ぴゃるみずうたき)という由緒ある御嶽のようですが、巨木が茂り、いかにも何かいそうです。宮古島に限らず多くの御嶽には鳥居が建てられていますが、これは明治以降のことで、本来いわゆる神道とは別のものなのですね。(続く)


Utaki1 Utaki2

写真の著作権は私にあります。無断転載、転用は固くお断りします

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June 20, 2007

宮古島紀行−3

二日目の朝は激しい雷鳴で始まりました。起こされたと言う方が正確でしょう。7時半に食堂で朝食。この頃になると雷はおさまりましたが、ザァーザァー降っています。部屋にもどってTVをつけ天気予報を見ると、午後から曇りとなっていました。午前中は部屋でゴロゴロしている覚悟でいましたが、次第に雨が小降りになって9時前には止みました。どこからかクマゼミのシャーシャーという鳴き声が聞こえてきます。すぐにホテルを飛び出して熱帯植物園に。正面ゲートを入り、突き当たりに何本かのセンダンの木があって、この周辺でクマゼミが大合唱することは8年前に経験していました。8年前に来たのは6月の下旬でしたから、今年は1週間早いのですが、やはりこの日も人の会話が全く聞こえないほどの音量です。これを録音。

ついでセミ採り。いくらでもいるのでこれは簡単です。5分で終了。まだ金色の微毛に覆われた新鮮なセミが多いようです。セミの悲鳴音も録音し、その後は写真撮影。センダンの幹で休息を始めたセミを撮ります。あまりの音量に耳は飽和状態で、ちょっと静かな場所に移動すると耳の奥でジーンという残像のような耳鳴りのような音が聞こえました。

そうこうしているうちに次第にクマゼミの合唱も収束に向かい、11時半頃にちょっと早めですが昼食に出かけました。あらかじめ昼食は古謝そばに決めていました。車のナビに住所を打ち込むと店の前まで正確に連れていってくれました。「そばセット」¥700を注文(写真)。とても美味しい宮古そばでした。またそばのお出汁がとても美味しいのです。モズクも酸っぱすぎず、とても良い味加減。どうして本土で食べるモズクはお酢の酸っぱさが強すぎて不味いのでしょう。


Kojya1 Kojya2

昼食後は来間大橋を渡り来間島に行きました(左写真)。途中道路沿いの草地からは時々チーというイワサキクサゼミの鳴き声が聞こえましたが、車がなかなか止められないような場所が多く、ようやく見つけたセミがこちら(右写真)。来間島ではクマゼミの鳴き声がしただけ。一周してすぐに宮古島に戻り、再び旧上野村に。この日も鳴き声はしていませんでしたが、雲がきれて日が照ってきたら増殖施設の近くの民家の10mほどの木で鳴き始め、つられるように増殖施設内からも2匹の鳴き声がしてきました。本来トップシーズンのはずで、やはりかなり少ないようです。日が陰るとすぐに鳴きやみます。周囲を回り、別の場所でも鳴き声を確認して録音しました。


Kurumajima Kusazemi

その後反時計回りに島を半周して途中ミヤコニイニイを観察しながら、4時過ぎに熱帯植物園に戻りました。しかししばらくすると雷鳴が聞こえ、雲行きが怪しくなってきました。そのうちに雨も降り始めましたので、この日の観察は終わりにしてホテルに戻りました。シャワーを浴びてからホテルのフロントのオヤジに、どこか琉球料理のお薦めはないかきくと、いくつかの候補をあげてくれました。その中から、私が選んだのがここ(写真)。ホテルから徒歩で10分ほどです。メニューを見るとついつい食べたくなって、注文しすぎ。ラフテーや島豆腐の冷やっこ、ゴーヤチャンプルーとジューシー等。店を出ると雨があがっていました。(続く)Aparki

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June 19, 2007

宮古島紀行−2

6月15日朝に那覇経由で宮古島に行きました。航空券はマイレージ特典使用です。那覇空港はいつ行ってもフロアにランの花が一杯で、これほど多くの鉢の世話をするのはさぞや大変と思います。那覇に来るたびにこのランに迎えられ今ではこれを見ると沖縄だ、という気がしてくるから不思議です(写真)。

Photo_1


宮古島の空港ビルは沖縄独特の赤レンガと白い漆喰の美しいもので、初めて行った98年はオープンのすぐ後だったようで、その美しさにビックリしたのですが、8年ぶりに行った今回はかなり汚れが目立ちました。年月と風雨のせいでしょう。レンタカーを借り、ホテルにチェックイン。あまり綺麗とは言えないホテル(清潔でないという意味ではなく、古いということ)ですが、一泊朝食・税込みで¥4500なら文句はありません。古さも味に感じられます。レンタカーはどうせ平坦な道しか走らないので、軽を予約していたのですが、当日やりくりがつかなかったとかで値段はそのままでS(スモール)。得しました。

雲は多いものの晴れていたので、急いで熱帯植物園に行きました。8年前と同じように入り口前の広場にある一本の鳳凰木が朱色の鮮やかな花をつけていました(写真下)。


Houou

園内は宮古島特産のニイニイゼミの一種ミヤコニイニイの鳴き声が一杯で、早速撮影と録音をしましたが、「ただでさえ短い残りの命を吸い取られる」と思われるのか、なかなか近づいて写真を撮らせて貰えません。それでもようやく写真を撮ることに成功しました(写真)。

Miyakonini

次にツマグロゼミの増殖施設がある旧上野村に行きました(写真)。施設もかつてここの責任者として管理に積極的にあたられていたIさんが転出されてから、十分に活用されているように見えず残念です。この日は結局周辺で鳴き声も聞くことができず、施設内のイスノキに抜け殻が一つ付いていることを確認しただけでした(写真)。

Tsumaguro1 Tsumaguro2 Tsumaguro3

再び熱帯植物園に戻って、夕方の羽化の様子をしらべました。ミヤコニイニイはすでにピークを過ぎ、これから羽化を観察するのは運次第ということで、今回は全く期待していませんでしたが、それでも羽化完了直後のセミを見つけることができました(写真)。夕方6時を過ぎると、並木のデイゴを多くのクマゼミの幼虫が登り始めましたので、手に乗せて記念撮影をしました(写真)。クマゼミの羽化の最盛期に近いことが分かったので、この日はこれでホテルに帰りました。

Miyakonini2 Kumazemi

ところが、ホテルに戻ると駐車場が満杯。フロントで聞くと宴会があるらしく、8時半になれば空くだろうということで、その間に食事に行くことにしました。とはいっても車で行けて、駐車できる店というと限られ、今日は植物園との往復で見たこのレストランで我慢。帰りにスーパーによって、滞在中に飲むさんぴん茶2リットルのペットボトル、ルートビアなどを買って帰りました。ルートビアは一缶35円という安さです。さんぴん茶、ルートビア、どちらも沖縄ならではの楽しみです。店内の効果音でヒグラシの鳴き声が流れていました。宮古島にはヒグラシはいないので奇妙です。遠くで稲光が光っていました。(続く)

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宮古島紀行−1

先週末から休みをとって一人で沖縄県の宮古島に行ってきました。家内に言わせると「御褒美」ということなのですが、何の御褒美なのかわかりません。宮古島は三回目ですが、前回行ったのが99年ですから8年ぶりでした。トライアスロンに出場するわけでもなく、なぜ宮古島なのかと思われる方もいらっしゃると思います。目的がセミだろうとは想像されるでしょうが、実は宮古島は沖縄県とはいえセミが比較的少ないところで4種類しか分布しません。数え間違いをしていなければ、沖縄本島が9種、すぐ南の石垣島が10種と比べればお分かりと思います(ちなみに広島県14種)。アブラゼミツクツクボウシの仲間すらおらず、7月にピークを迎えるクマゼミがいなくなればその年のセミのシーズンはおしまいです。恐らく8月中にセミはいなくなるのでしょう。

しかもその4種のうち1種(ツマグロゼミ)は天然記念物になっているほど数が少なくなっていて、勿論採集は禁止。鳴き声を聞くことすらやっとの状態で、実質3種と言ってもよいのです。私が訪問したのが8年ぶりだったことも、理由はこのことだったのですが、だからこそそんな宮古島に何故行くか?というのはセミファンでも抱く疑問かも知れません。あまり人が行かないからこそ行く、と言ったらカッコよすぎるでしょうが、前二回が十分な成果が得られていなかったからということです。どうしても後回しになって、8年経ってしまったのです。言い換えれば今回ちゃんとしておけば当分行かなくて済む・・・。

さて、梅雨時ということで丸一日ホテルに缶詰め状態になることも覚悟しつつ、4種のセミすべてに出会える可能性が高いこの時期を選びました。

ということで、始まり始まり。(続く)

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June 13, 2007

負荷

社会保険庁のさまざまな問題は非常に大きいと思います。この件については新聞その他で報じられているので、改めてここで取り上げることはしませんが、これに関してちょっと別の問題が起きているように思います。

それは現在の社会保険庁に対するさまざまな負荷がかかりすぎていて、処理できないのではないかということです。これだけの問題を引き起こし、国民の不安を煽っているのだから一刻も早く何とかせい!という気持ちはよくわかりますが、だからといって社会保険庁が通常の業務を休んで、役所に問い合わせに来た人の相手だけしていればよいわけでもなく、電話の応対ばかりすることもできないのではないでしょうか。臨時で雇った電話番の人達が満足に答えられないのは当然でしょうし、人が問い合わせに
来るたびにホストコンピュータにアクセスするわけで、このような状況を想定していないシステムが処理能力を超えてスピードが落ちたり、完全にダウンすることは十分にありえます。そもそも5000万件の年金記録のチェックを本当に今後一年ですることが出来るかどうかは別として、急いでやらなくてはいけないことだけは確かで、これが今の社会保険庁が真っ先に取り組まなければならないことなのではないでしょうか。逆説的ですが、「人の相手をしている暇はない」のではないか・・・。

相談にも応じず、電話の相手もいらんとは決して言いませんが、ほどほどにしないといけないのではないか、ということです。人を増やすのには新たなお金が必要ですし(税金だ!)、仮に臨時にいくら多くの人を雇っても、にわか知識で十分に要望に応えられるとも思えません。

視察に出かけて相談電話がフル稼働していないことを怒る国会議員も変ですが、これだけの不始末をしておきながら対応がなっていない、といって保険庁の役人を殴る輩まで出たのには、あきれるばかりです。

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June 12, 2007

根性なしと価値観

私は自分が根性なしであるせいか、「根性」(「精神論」と言ってもよい)という言葉が大嫌いです。傍から見ていて万一私が根性なしに見えないとしたら、それは好きなことは根性などという気持ちの悪いものがなくても一生懸命になれるからでしょう。そんなわけで、たとえば根性のために坊主頭にすることには嫌悪感を覚えます。最近少なくなってきましたが、中学校で男子全員が坊主頭で、高校野球でもみんな坊主頭ということが普通でした。何か昔の軍隊(もちろん私は未経験ですが)を想起させるから嫌なのかも知れません。もちろん自発的に坊主頭が好きな人は勝手にそうすればよいと思っています。かつては、坊主頭が根性があることの発露であるかのような物言いがありましたが、プロ野球選手は根性がないのでしょうか。

今でも根強く根性論は存在しています(多くの場合姿を変えて)。熊本市では(少なくとも私がいた2000年までは)小学校の3年生以降の教室に真冬でも暖房を一切入れないのですが、これに反対する親に対しては「甘やかしだ」という新聞投書が載っていました。ちなみに熊本の冬の朝はかなり寒いのです(氷点下に下がることも珍しくはない)。個人の体の強さにもいろいろあるのですし、やりたければ各自の家庭の子供部屋に暖房を切ってからにして欲しいものです。

最近のニュースで気になるのが、素手、素足になってみんなでトイレ掃除するという運動。私が児童なら家出してでも休みます。私が言っているのはトイレ掃除がいかんというのではなく、素手と素足がダメだと言っているのです。トイレ掃除が好きな人は多分いないでしょうが、だからといって誰もしないわけにはいかないこと。私だって一人暮らしのときにはやったものです。ですから、学校で当番を決め、順番でトイレ掃除することには特に問題はないと思います。しかし素手、素足でやるというのは問題が違います。これが「(すごく)変」で、「不気味である」と感じない人には、何時間議論しても納得してもらえないような気がしますし、逆にすぐに理解できる人には説明は一切不要でしょう。

「料理するのにフライ返しもお菜箸も使わず、すべて素手でやるべきだ。熱さも冷たさも堪えて素手で料理することによってこそ直接料理人の美しい心が食べる相手に伝わるのだ。このような料理をし、その料理を食べると、双方の心が一つになって爽快だ」等と言ったらどう思いますか。自分で言って気持ちが悪くなりそうです。

坊主頭を清々しくて美しいと評する人もいる一方、かつて「見るのも嫌だ」と言った文部科学大臣もいました。「ワルキューレ」第一幕のフンディンクのセリフに、「あいつら(ヴェルズンク)は我々が美しいと思うことを美しいと思わず、我々が良いと思うことを良いと思わない」というような箇所があったと記憶していますが、美意識や価値観というのはいつの時代もそういうことなのでしょう。

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June 11, 2007

ユダ福音書

「原典ユダの福音書」(日経ナショナル・ジオグラフィック社1800円+税、2006年)を読みました。1978年頃にエジプトでパピルスに書かれたものが発見され、それが保存方法などに無理解な古美術商達の手を点々と渡り、取り返しのつかない傷みを受けた後に、2001年から復元と翻訳が始まったものです。この本はその初めての復元翻訳全文と解説を本にしたものです。ここで言うユダとは、あのキリストを裏切るイスカリオテのユダのことです。

さて、旧約聖書、新約聖書も全文を通して読んだことがなく、勿論初期のキリスト教についての知識もなく、解説を読んでもよく分からない事ばかりだったのですが、この本を読んで知ったことは多く、かなりショッキングでした。

まず、「福音書」ですが、新約聖書に収められた、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4つの福音書が有名ですが、実はこれらだけではなく、紀元200年頃にはさまざまな福音書があったのです。その中から正統派キリスト教(要するに現在のキリスト教の元になる教義を信奉する派。他派を押えて主流派となり、それ以外は異端とされることになった)が自分の教義に合う福音書だけを認めてセットにしたのが新約聖書の福音書で、結局異端とされた派の教義に添った他のさまざまな福音書はすべて破棄、淘汰され、今回見つかったユダの福音書もその一つであるのです。

このユダの福音書には、ユダの扱いは現在残っている新約聖書のユダとは全く異り、キリストが何者であるかという「正体」を知っていたのは弟子の中でユダだけであって、キリストの逮捕・処刑という重要な出来事を成就させる言わば手伝いのために「裏切り」をしたことが書かれています。これは我々が知っているユダとは正反対の扱いです。

このユダの福音書を信奉していたのはグノーシス派、あるいはセツ派と言われる古代キリスト教の一派(正統派キリスト教、あるいはその流れをくむ現代のキリスト教から見れば異端)で、彼らの教義は現代の我々から見ると信じられないくらいいわゆる「キリスト教」と異なっています。

現在キリスト教といえば一神教(この世の創造主の神は絶対)で、キリストの受難と復活の意味というのはローマカトリック、ギリシャ正教・東方教会、イギリス国教会、プロテスタント各派をはじめほとんどの現行宗派では共通だと思うのですが、原キリスト教の時代では決してそうではなかったということです。驚いたことにグノーシス派の教義では、この世の創造主の神は絶対ではなく、むしろこのようなゆがんだ世界を造った「出来の悪い、低級な」神であって、さらにそのはるかな高みには、名前を付けて呼ぶことすらはばかれる、絶対で永遠な「あるもの」があるというのです(これこそが神だと言いたくなりますが、「神」と呼ぶことすら誤りであるようです)。さらにキリストはこの「あるもの」の「世界」から来ているのであって、低級な創造神とは関係がなく(当然「三位一体」など問題外)、その「世界」に戻ることが受難であって、復活などはあろうはずがないというのです。

私の乏しい知識では、プラトン哲学:この世のものがすべてうつろうように見えるのは、ある絶対なもの(イデア)の影を見ているからで、様々なもの(パソコンでも、人でも、車でもいい)に対する絶対なもの(イデア)が存在する・・・に近い考え方なのかも知れません。実際その他の面でも当時のギリシャ哲学の影響が見られるそうです。

現行のキリスト教とは異なる教えがいくつも存在していて、その中から現在のキリスト教につながる教義が勝って行った(何回か開催された公会議で決められた)・・・というのは世界史で習ったことで知っていたのですが、そこで競った宗派の考えがこれほどまでに(もはや同じキリスト教と言えないほど)異なっていたということは私にはかなりショッキングでした。もしもグノーシス派が正統派の地位を得ていたら、その後のキリスト教世界、さらに政治も芸術も思想も、すべて違ったものになったのでしょう。

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June 07, 2007

鳴く電気製品

20年前に就職し一人暮らしを始めた頃に購入した‘婿入り道具’の電気製品にそろそろ寿命が来ているようで、いろいろ不具合が出てきています。冷蔵庫も・・・などと電気屋でカタログを貰って調べていた横で、つけていたTVが突然バシッと消え、基盤でも焼けたような焦げ臭い匂いがプーン。これは冷蔵庫どころではない、かなりヤバイのではないか、と思いつつ、メーカーのサービスに連絡をして出張サービスをしてもらうと、「御臨終です」。ブラウン管が☆になったそうです。正確には電子ビームを出す銃部分なのでしょう。当分は最近使っていなかった14インチを引っ張り出して使うことにします。

ところで、テレビはあっという間にブラウン管から液晶・プラズマによる薄型化が進みましたが、冷蔵庫や炊飯器、エアコン、掃除機など多くの製品は省エネ以外に改良の余地が少なくなってきているように思います。それならそれで、長寿命な製品があっても良さそうですが、そうもいかないのがメーカーの事情なのでしょう。重箱の隅をつついて‘改良の余地’を探すと・・・、さまざまな状況をそれに応じた音で知らせることに気づいたようです。さらに、さまざまなメロディーを付けることになったようで・・・。

これがはっきり言って「ありがた迷惑」。以前実家にあった電子レンジは出来上がりをチンと知らせるだけでは気が済まないらしくて、ユーザーがフタを開けてレンジから取り出さない限り、「できた、できた」とばかりに1分間隔で際限なく鳴き続ける親切ぶり。手が放せないことがあってもお構いなしです。こうなると単なる駄々っ子と変わりがありません。どうせならユーザーが「わかった!」と叫ぶと止まる機能も付けて欲しかったものです。

ましていちいち抑揚やリズムを伴うメロディー付きとなると・・・。これが快適だと思っている人もいるのだろうか、と不思議でなりません。メーカーの人は自社の製品を使っていないのでしょうか。せめて、(デジカメや携帯電話のように)設定で音を消せたり、変えたりできるようにして欲しいと思います。

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June 05, 2007

ベビーシッター

たぶん今でもそうなのでしょうが、米国では学生のアルバイトといえば、ベビーシッター(子守り)が最も普通なようです。映画などを見ていても時々そういうシーンが出てきます。

さて、今から55年以上前のこと、あるミッション系短大(当時は3年制で、専門学校と呼ばれていた)の英文科の学生だった私の母は、先生からある米国人牧師のお子さんのベビーシッターをしてみないかと聞かれて、引き受けたのです。時は戦後まだ間もない昭和二十年代。勿論私など影も形もない時のことです。当時二十歳になったかならないかという母は、週末ごとに当時2、3歳と生まれたばかりの赤ちゃんの二人の男の子の世話をしたそうです。上の子は母になつき、金髪で‘お人形さんのよう’に可愛かったようです。後になって、このときに学んだことが私を育てるときに非常に役立ったと言っています。

数年間のアルバイトの後、その御一家とは連絡は途絶えていました。御主人の牧師さんが亡くなり、米国に帰国されたと聞いていました。母にとってこのベビーシッターは単なるアルバイトということにとどまらず、米国人一家との付き合いということでも強い印象を与えたようで、事あるたびに私はその御一家のことを聞かされたものでした。

さて、それから半世紀以上が経ったわけですが、先日母から電話があり、自分が世話をした上の男の子(と言っても今年還暦です)が広島にいるということが新聞記事に出ていた、というのです。早速私もその記事を見て、同じ広島にいるのも何かの縁だと思い、思いきって手紙を書いてみました。すぐにお返事を頂き、それから‘兄’と私のメールによるやり取りが始まりました。そして、仕事で東京に行く機会に是非母に会いたいということで私が仲介し、今日実家で五十数年ぶりの再会が実現しました。母はずっと英語で話さねばならず疲れたと言っていましたが、まぁ、親孝行になったのかな、と思っています。

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June 04, 2007

バラ園の思い出

小学校の1年か2年だったでしょうか、遠足で神代植物公園に行ったことがあります。バラ園があって、そこで自由時間があったのですが、バラの花に小さなタマムシがたくさん来ていたのです。美しさはあのヤマトタマムシには及ばないものの、いろいろなタマムシがいて、ワクワクしたものです。ところが虫カゴや袋を持っていなかったので、採集はせずじまい。その後ずっとあのようなバラ園に憧れを持っていました。

今年もバラのシーズンで、広島では福山のバラ公園が有名で、先週出かけたのですが、街中の公園ということでバラは見事ではありましたが、何匹かハナムグリがいただけ。一昨日は湧永満之記念庭園(広島県安芸高田市甲田町)のバラ園に行ってきました。こちらは山の中ということで、かなり期待したのですが、やはり数匹のハナムグリだけ。周囲のアカマツ林でハルゼミが盛んに鳴いていたのが慰めになりましたが、あの幼い日の体験は結局二度と再現できないのでしょうか。もちろんタマムシ目当てではありましたが、花は見事で十分に堪能してきました。


Rose

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