音の話を書いたので、ついでにもう一つ。ここをお読みの方の中には録音の専門家の方もいらっしゃるので、とても恥ずかしいのですが、私は自然音の録音(もちろんセミが主)も趣味です。かつて「生録」という語がありました。ちょうど蒸気機関車が消える1970年代末に各社から「カセットデンスケ(ソニー)」に代表される生録用の携帯カセットテープデッキが発売され、蒸気機関車の音を録ったり、当時やはり流行したバード・ウォッチングに影響され鳥の鳴き声の録音するのが流行ったのです。私はこの時にはまだほとんど録音はしていませんでした。私が録音を始めたのはDATが世に出てからです。
写真の撮影もシャッターを押せば「何か」写るわけで、録音だって録音のボタンを押せば「何か」録音されるわけです。写真と異りピント合わせもありませんし、露出を気にする必要もない。ブレも問題ありません。写真以上に入り口の敷居は低いのかも知れません。しかし、一歩中に入るとそう簡単なことではないことに気づくのです。
まず音量。私の使う録音機(SONY PCM-D1)はマニュアルなので、録音の音量は自分で決めないといけません。大きく設定しすぎると入力オーバーで音は歪んでしまいますし、小さいとノイズが増えて聞こえます。できる限り音量は大きく設定する方が後々良いのですが、どの位にするかは勘(経験)と運かもしれません。
セミの録音の場合、私は基本的に3種類の録音を録ろうとしています。まずソロ。セミが一匹で鳴いている声です。次が合唱。言うまでもなく複数のセミが同時に鳴いているときの音。そして悲鳴音です。これは手づかみしたときに鳴く声で、そのセミの基本的な音を出すと思っています。個体差があるので何匹かの録音を録ります。これは当然捕まえないと録音できない鳴き声です。
言わば学術的目的である悲鳴音は別として、難しいのは合唱の録音です。セミの種類によるのですが、ただたくさんのセミが鳴いている場所に行ってマイクを向けると、その場にいる時にはちゃんと個々のセミの鳴き声を識別して聞けていたのに、後で録音を聞くとただ単にシャーというFMラジオの局間ノイズのようにしか聞こえないことがあるのです。人間は視覚を交えて「聞いて」いるうえ、恐らくは合唱の中からでも個々の音をまるで虫眼鏡を当てるように部分的に拡大して聞き分けることを無意識にやっているのだと思います。ところがマイクは正直ですから、それを通して録った音は平板に聞こえてしまうのでしょう。
それを防ぐためには、必ず合唱をバックにしてソリスト達の個々の歌がちゃんと聞き取れるように重ねて録らなくてはいけないのです。その時にソリスト達とマイクの距離がありすぎると合唱に埋没してしまいますし、近すぎると合唱が聞こえなくなります。この距離が微妙で、セミの鳴き声の性質に大きく依存します。抑揚が大きく、リズムや音程が変化に富む歌を歌うセミはソリストとの距離は比較的遠くても大丈夫ですが、平板な歌を歌うセミではソリストとの距離は近くないといけないのです。問題は相手がこちらの都合通りの場所・位置で鳴いてくれないことです。相手がセミですから注文することもできません。
このような難しさがある前提にはさらに、航空機、自動車やバイクのエンジン音、人の話し声などの雑音がないこと、風が吹いていないこと、雨が降っていないことなどの基本的条件があるわけで、狭い日本でこれらの条件を満たす場所を探すのは並大抵のことではありません。まして、生息地はそのような環境にお構いなしですから、限られた場所にしかいない種となると満足のいく録音をすることは大変です。しかし逆にうまく録れた録音を家のステレオで再生するとセミたちの歌がリアルに蘇り、喜びも格別なのです。
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