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December 09, 2007

日比谷のショスタコビッチ

ずいぶん間が空いてしまいました。

東京・埼玉に出張の帰りに日比谷公会堂に寄って、ショスタコビッチの交響曲全曲演奏会の最終回、第8交響曲、第15交響曲を聴いてきました(井上道義指揮新日フィル)(写真)。

Shostako Hibiya



11月に聴いた広島交響楽団との第9、第14番交響曲の演奏会を聴いてから、スケジュールを調べてこの演奏会を見つけたのですが、実はCDは持っているものの、じっくり聴いたことがなかった第8交響曲は私にとって、とても馴染むのが難しい曲でした。結局十分に理解できないまま今日を迎えたのですが、やはり実演の力は大きいのでしょうか、第1楽章の始め、弦中心に静かに曲が進む箇所ですでに感動してしまい、気がついたら涙が頬を伝っていたのでした。「悲歌」的な美しさをもった部分です。次第に曲は暴力的(破壊的?)な頂点を迎えます。この「暴力」は3楽章、4楽章でも再現されますが、最後は再び静かに曲を閉じます。

休憩後、今回のショスタコビッチ交響曲全曲演奏プロジェクトの実行委員長の黒柳徹子さんと井上さんの短い挨拶があり、その後すぐに15番の演奏に入りました。かつて世界初演直後の日本初演の時、演奏会のライブをFMで聴いたときの新鮮な感動を思い出しながら聴いていました。おもちゃ箱をひっくり返したような、モザイク調の第1楽章は大好きで、やはり涙が・・・。そして終楽章のコーダ。打楽器の小気味よいリズムはショスタコビッチの粋な感じをうまく出して演奏するのはとても難しいと思っています。第4交響曲の引用と言われる部分ですが、ここではチクタクチクタクチクタク、チクタクチクタクチクタクというリズムはあたかも時のキザミを思わせるのです。チン!というトライアングルの音とともに15曲におよぶ「お話し」は終わりを告げます。

両曲ともあまり聴く機会のない曲ですが(特に8番)、機会があれば是非また聴いてみたい曲です。まだまだ私の感性も枯れていないことが確認できたことでも嬉しかった演奏会でした。

私の隣は大学生と思われる二人組。休憩時間は別の場所で聴いていた二人も加わり、聴いたばかりの第8交響曲の話。「あそこはカッコよかった」等と熱しながら話している四人(すべて男子)を見ていてとても微笑ましく思いました。

日比谷公会堂に足を踏み入れたのはほぼ四半世紀ぶりでしょうか。多分最後に行ったのはブレンデルがシューベルトの遺作のピアノソナタ3曲を演奏したときだったのではないかと思います。

午後3時に始まった演奏会は5時半に終わり、カーテンコールの途中で退場して羽田から最終便で広島に戻りました。

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